小野川のまちづくり理念

蔦 幹夫

 

 米沢市の西南部、小野川温泉がある小野川町には、「自分たちの地域は自分たちで守り育てる」自主自立の考えが以前からあり、現在の小野川温泉のまちづくりの基調になっている。小野川のまちづくりの理念「住み良いまちこそ訪れたいまち」を検証し、今後のまちづくりの方向性を考えたい。

 

1、ホタルは住み良い地域のシンボル

 小野川はホタルの自然発生地で、「ほたるの里」として有名である。保護・増殖活動は最初、簗沢の人々から始まったが、昭和51年に全国ホタル研究会に参加し、昭和53年に全国ホタル研究大会を米沢市小野川温泉で開催するなか、ホタルの発生数を競う、単なるホタルの名所作りの地域おこしでなく、ホタルを自然保護の指標として捉えるようになった。小野川での全国ホタル研究大会開催後、米沢ホタル愛護会が結成され、「ホタルは身近な自然のシンボルであり、ホタルが生息する地域は人も住み良い地域である」とのスローガンが掲げられた。ホタルだけの保護でなく、ホタルも生息する生態系の保護であり、自然の保全の住み良い地域を目的とする地域づくりの考えが生まれたと言える。その背景には、旧南置賜郡に存在する、「日本の自然保護の原点」と言われる「草木供養塔」の思想が根底にある。そして、ホタルを養殖せず、自然発生させている。そのため、水管理・草刈・泥上げのホタルが自然発生しやくする作業のみを行っている。

2、地域の自主性と協同

 平成6年に大樽川の河川改修の計画が発表された。大樽川荒廃砂防工事計画である。当初計画は、今ある自然河道を壊し、直線化し、芝を貼り付ける計画であった。地域住民は河川改修工事でのコンクリート護岸や河床整正で瀬や淵がなくなり、魚が生息しない大樽川になりつつあるとの認識があった。また、河道の直線化で、流速が早くなり、鉄砲水が多発し、コンクリート護岸していない自然河道の堤防により負荷を与えると考えていた。住民はこの計画に異議を唱え、環境アセスメントの実施を求めた。そして、河川改修での「自然と治水の両立」を提案した。河川法の改正以前であり、行政の担当者は、「ホタルや魚と言われても困る。我々は住民の生命・財産を守るのが仕事である」と言った。以前に、大分県由布院に視察に行き、温泉街のシンボルである金隣湖を源とする川はコンクリート護岸され、保養地型温泉を目指し景観が整備された由布院の中で残念な景観であった。当時の由布院観光協会長の溝口薫平氏は説明で、「由布院で残念である景観はこの川であり、建物は50年で変えられるが、一度作った河川は100年以上経たないと変えられない」と言った。河川などの自然環境の改変は自分たちの世代だけでなく、子孫にも引き継がれるものであり、今、この問題に直面している自分たちの責任は大きいと認識した。小野川の地元13団体で、「自然と治水の調和」を目指し「大樽川を考える会」を設立した。そして、「大樽川を考える会」の住民・行政・専門家の大樽川砂防工事検討会が設立された。検討会で議論が展開され、専門家の知恵も借り、現在の河床に手をつけず、川幅を広くする全国でも稀な約5キロの自然と治水の調和する計画に変更された。地域の問題を行政任せにせず、行政と協同し、地域づくりを行ったと言える。「治山ダム」のハナカジカの生息地消滅問題や「綱木川ダム導水トンネル」での温泉枯渇懸念問題も同様な解決策活動を行っている。

3、地域一体化への人間関係の構築 

小野川温泉は約1200年前、小野小町が発見した温泉との伝説があり、各旅館の創業は江戸時代以前が多数で、歴史ある温泉である。しかし、温泉街の住民の7割は観光に従事していなく、過去には地域経済に力がある旅館業と一般住民との軋轢があり、地域一体の共存感が希薄であった。これは小野川温泉特有の事でなく、多くの温泉地が抱える問題である。「旦那衆」と言われる大規模旅館があり、「女中さん」として働く地域民の女性がおり、地域内の平等感が損なわれ、上下関係の意識もあった。戦後の民主主義の普及で、「旦那意識」の消滅化やこの問題を解決しようとする意識から昔ながらの上下関係の意識や対立は少なくなった。この上下関係の意識は、大規模旅館と小規模旅館、旅館と商店でも存在していた。全国的に「温泉地は仲が悪い」と言われ、同業種・異業種間でも存在していた。互いに信頼し、本音で話をできる関係は希薄であった。小野川温泉は近郷近在の地元客が7〜8割で、地域に支持された比較的安定した経営状態であった。高度経済成長で順調に推移してきたが、平成不況と地域おこしでの新規温泉施設との競合等で、平成14年の25万人から平成13年の11万人の宿泊客まで激減した。温泉の質に依存し、魅力作りを怠っていた。昭和55年から小野川温泉ほたるまつりが行われている。新たなる小野川温泉の魅力作りで、「ほたるの里」づくりが行われ、祭りの成功の目標に向け、旅館・商店の人が額に汗するボランティア作業が行われた。この共同作業の結果、業種や年齢に関係なく、意見を自由に言えあえる人間関係ができた。そして、「ほたるの里」づくりの成功で、個々の努力だけでなく、協力しながらの、小野川全体の魅力づくりの大切さを学んだ。

4、ソフトのまちづくり

 「ホタルの里」づくり以外に温泉街活性化策がなく、新たなる小野川の魅力作りを見出せない中、平成13年にJTB&JRの若手勉強会が来訪した。「そこに住む人、町全体の生活や文化を活かした観光地つくり、ハード偏重でなく地域のホスピタリティーを基礎としたオンリーワンの観光地つくり」が提案された。ないもの探し、ないものねだりの新規の箱物を作る事でない、今、小野川にある素材を知り、大切にし、輝かせるまちづくりの大切さを感じた。幸い、小野川は歴史があり、それぞれの素材に歴史・物語性もある。そして、小野川には地域住民が生活する地域の日常生活もあり、作られた観光地にはない地域住民との触れ合いができる温泉地でもあった。この素材と人を活かすには「金」でなく、「知恵」が大切である。「ハードからソフト」のまちづくりがはじまった。まちづくり実働部隊は地域を「知り」、「知恵」でまちづくりするから、小野川温泉観光知実行委員会と名づけられた。

5、小野川の組織論

 「ハードからソフト」のまちづくりを行うに、「人」が中心となる。そして、各旅館・商店が参加していが、一国一城の城主であり、共同しまちづくりするにルールが必要となる。この組織原則が@情報の公開 A議論を徹底的に行う B全員が役割分担 C地域と一体 Dスピードである。地域内の企業間ネットワークの原則である。

@      情報の公開・・・今までの小野川では「知らされていなかった」、「あいつらが勝手にきめた」などの理由で、会議がスムーズに行かなかったり、会議の決定事項が覆る事があった。会員は経営者であり、決定前の企画案の以前の情報の公開が必要であった。そこで、事前情報・企画情報・結果・議事録の公開を心掛けている。この情報公開は会議や紙文章では手間ひまが掛かりすぎるので、伝達手段としてメーリングで行っている。メーリングで外部からの情報を一人占めしないで公開し、対応の協議も公開する。 

A      議論を徹底的に行う・・・議論を徹底化し、知恵を出し、皆が納得し、不満を持たない決定を目指す。@、会議では酒は飲まない・・酒を飲んで決定事項があやふやになったり、決定事項を覚えていなかったりするから。A、議事録を出す・・参加者の決定事項確認だけでなく。不参加者も決定事項に従っていただくため。B、会議は決定する場・・会議では必ず結論を出し、決定する。一つ一つ決定しなければまちづくりにスピードがつかない。そのため会議以前に議論をする事が必要である。事前議論をメーリングで行い、会議は決定の場を心掛けている。会議ではじめて議案を見ても、アイディアや決定を出しづらい、前もってメールで議題を出し、企画案も出し、議論を事前に行う。その事で、幅広く議論ができ、スピーディーに決定できる。

B      全員が役割分担・・会員がそれぞれ得意分野や元職の技術や知恵を活用し、会員全員が担当役割分野で活動する。

C      地域との一体・・小野川は観光従事者だけでなく、一般地域民が生活している。観光関係者のみでまちづくりはできない。地元民が温泉地に住み、温泉の恩恵を楽しめ、「小野川に住んでて良かった」、「小野川を自慢したい」と思うまちづくりが求められる。そのため、地域と一体になった組織として「小野川まちづくり委員会」を設立し、小野川の全ての18団体から構成され、業種・職業、年代を越え、小野川の諸問題や将来像を話し合い、住み良いまちを作ろうとしている。朝市での農業者との連携や環境問題での連携もある。

D      スピード・・行政からの補助金待ちではまちづくりにスピードがつかなく、本来の狙いと別なものが出来たりし、顧客満足や話題性はなくなる。

6、まちづくりと自助努力

「まちづくりは民主主義だか、結果は自由主義経済」と小野川で言う。まちづくりのボランティア作業は平等に行われるが、各旅館・商店の果実(売上)は不平等である。まちづくりをしたから、自分の商売に見返りが必ずあるわけでない。果実を得るには自助努力が必要である。しかし、まちづくりでブランド力が出来たり、観光客が多く来る事で、すこしの自助努力でも果実は開花しやすい。図表で言えば、下部に皆でのまちづくりがあり、上部に各自の自助努力があり、トータルが果実である。このドライな関係を会員に認識させ、まちづくりを行っている。

7、「住み良いまち」とホスピタリティーの創造

 観光客は作られた観光地でなく、その地域の生活空間や日常性を楽しみたい、観光従事者だけでなく、地域住民との触れ合い期待している。旅先での地元の人の親切が一番の旅の思い出になる。観光客に親切なまちとはどう形成されるのだろうか。地域住民は観光客によりゴミや騒音や交通渋滞など迷惑を受けたりすれば、観光により犠牲を強いられていると感じ、観光客に親切でない。地域住民は観光客から迷惑を受けず、地域に誇りを持つならば、地域の良さを積極的に話し掛け、親切にする。小野川温泉は良い地域をつくる中で、ハードだけでなく、良い人間関係づくりが大切と考えている。特に、観光従事者と地域住民の良好な人間関係が大切と考える。地域住民の観光客への親切を期待する前に、まちの人同士や観光従事者が地域住民に親切にし、仲が良い事が前提と考える。そして、地域住民が観光地に住むことで犠牲を感じる事なく、観光地に住む事での恩恵を感じることが必要である。「テイク&ギブ」でなく、「ギブ&テイク」が前提となる。小野川温泉の特性である温泉やホタルやまちづくりを地域住民が楽しめることが大切である。小野川の地域住民が楽しんでいることを、訪れてくる観光客が楽しむのである。地域住民が小野川温泉のホタルやほたる祭りを楽しみ、ハード整備でできた無料の露天風呂・足湯・飲泉所は地元民が利用している。これらのイベントやハード整備は観光従事者が行い、毎日、掃除等の維持管理している。きれいなまちを作るため、町なか清掃や花壇の手入れを数多く行っている。観光従事者が地域住民に犠牲を強いるのでなく、恩恵を与えることが大切と考える。地域の環境問題の河川改修や産廃最終処分場へ反対運動も観光事業者は地域民として積極的に参加している。小野川温泉のまちづくりは、「住んでて良かった」と思える温泉地づくりである。その結果、地元住民が「小野川に住んでて良かった」、「小野川を自慢したい」と思ってくれたら、観光客に親切になる。その結果、地域住民の「ホスピタリティー」が形成される。小野川温泉は観光開発でなく、住み良い、住みたいまちづくりである。住民が住みたいまちには子・孫も都会から戻ってくる。そして、おのずと観光客も来るはずである。小野川のまちづくりは「住み良いまち」を目的として、結果的に「訪れたいまち」になると確信する。

8、小野川の景観形成

観光とは易経の「観国之光、利用賓于王」を語源とし、「国の光を観るは、もって王に賓たるによろし」と略され、小野川の光を深く遠来の客に見せることである。小野川は、小野川の光を知り、思い、更に輝かせる行動が大切である。小野川温泉を美しく、楽しいまちにして、小野川全体の光を輝かせ、それを地域住民と観光客が感受できる行動をしなければならない。地域固有の素材を活かした魅力づくりが必要になる。小野川温泉の自然は里山で、遠方に吾妻山があり、温泉街の脇に最上川源流の鬼面川がしっかりと縦断する。後背地の山々は樹木層が多様な単独の山があり、周辺には田んぼがある。山あいにありながら、空間は狭くなく、薄く暗さを感じない。山あり、川あり、田園もあり、ありふれた自然だが、ほっとする懐かしい日本の原風景があると言える。このことを象徴とするのがホタルである。このやすらぎの自然景観を更に活かす活動として、広葉樹の植栽、枝打ち、草刈、清掃が大切になる。温泉街の景観は大型旅館がなく、商店が混在し、温泉街が保たれているが、歴史がある湯治場としての建物や道路に温泉情緒が感じられない。温泉街のシンボルと言える共同浴場「尼湯」は木造で、玄関は円屋根の昔の建物を復元している。円屋根は小野川温泉の旅館の玄関の昔ながらの特性である。このような地域固有性を知り、温泉情緒ある建物景観の形成が必要である。高度経済成長以前は温泉街に石垣の水路があり、各旅館にはそれぞれの旅館にちなんだ樹木があり、車に怯えることなく、散策ができた。これらの復活も美しい景観づくりであり、癒しの空間づくりである。小野川の旅館はそれぞれが小さいが、温泉街の道路は旅館の道路と考え、河川は旅館の中庭と考え、住民と観光客がまち全体を楽しめる温泉街形成が大切である。温泉地として、共同浴場・足湯・飲泉所があるが、温泉をビジュアルに見える湯畑のような施設の設置は温泉情緒を醸し出す。観光開発を意識しない山形県金山町が観光客を集めている。美しい景観を見せるのが観光と言える。小野川温泉も温泉地としての固有の美しさが求められる。

9、小野川での楽しみ

日本最大の観光地は東京と言われる。東京の都市機能の芸術・文化・スポーツ・買物を交流人口が楽しんでいる。これらは住んでいる人々の魅力ある楽しみであり、他地区の人々もこの楽しみを享受しようとし、観光客化する。今、都市観光客が増加している。小野川温泉も地域で楽しみ、観光客にも楽しみを提供しなければならない。旅館では、施設・温泉・食事・おもてなしの楽しみがある。温泉街でも、おみやげ・飲食の商店での楽しみ、共同浴場・足湯・飲泉所などの温泉の楽しみがある。自然体験のホタル観賞や川遊びの楽しみがある。これらの楽しみを充実させることが、地域住民・観光客に満足を与え、結果的に観光客を増加させる。ほたる

祭りや雪灯篭祭り等のイベントも楽しみの要因である。しかし、イベントの多くの開催は、主催するに金がかかり、労力を必要とし、疲労させ、その期間しか楽しめない。イベントから機能・サービスの発展的な制度化をしようとしている。今現在あるものを発展させ、制度化するシステムである。今ある各旅館の温泉を活かした「夢ぐり」(湯めぐり)であり、ラーメン出前をビューポイントに配達する「何処でも出前」である。これらは新規に金も労力も掛からず、いつでも楽しめる。このような金を掛けない楽しみの創出は知恵のまちづくりと言える。

 

 安全や利便性や経済性だけでなく、美しく、楽しいまちは住む人にとって「住み良いまち」であり、「訪れたいまち」へ進化する。このことは米沢でも同様である。米沢の独自固有の特性の優れた素材がある。自然では、吾妻山が南に見え、三方を山に囲まれた風水の地と同じ景観があり、食には、全国に名高い米沢牛があり、歴史には、上杉の歴史文化がある。良き素材があるが、町並みは歴史性がなく、景観に配慮しなく美しくなく、素材を活かして楽しんでいない。米沢の良き資材を磨きこむ知恵と行動が求められていると考える。