木地玩具とは、木製玩具の中で木地師が轆轤で作る玩具のことを言い、回転している原木を削るため、形は限定されますが、すべてに丸みがあり、温かいです。
小野川温泉の開祖・小野小町が乳母であった55代文徳天皇の第一王子・惟喬親王が轆轤を発明し、小椋一族に教えたことで全国各地にひろまったことから、・惟喬親王が木地師の開祖と言われています。
東北は木材が豊富で、轆轤によって数多くの玩具が作られていました。これが木地玩具と呼ばれるものです。木地師は全国各地で轆轤による日用生活雑貨のお椀・お盆などの食器や独楽・笛・ガラガラ・人形などの玩具を作りました。
東北の木地玩具は種類が多く趣向にあふれるものです。中でもこけしは布物の人形が高価であった東北では木地玩具の人形として幅広く普及し、独自の発展を果たしました。
東北の伝統こけしは発祥地ごとに11系統があるように形態は様々ですが、産地ごとに色彩にそれぞれの特色が見られます。弥冶郎系は黄色を多用し、鳴子系は赤と緑、津軽系では独自の文様、土湯系は返しロクロ線があるなど、地域ごとに独自性が表現されています。
大正時代ケンダマやヨーヨーの流行で木地玩具の盛んな時代もありましたが、セルロイドやブリキ製玩具の普及に伴い木地玩具の生産量は減少しました。しかし、伝統こけしは大人の鑑賞対象品として独自に発達しました。現在生産量は少なくなりましたが、全国各地で地域の伝統を引き継ぐ木地師により木地玩具が生産されています

| 木のおもちゃの分類(製造工程での) |
| 1、板物 |
2、箱物 |
3、抜き物 |
| 4、彫り物 |
5、寄木細工 |
6、挽き物 |
日本では木のおもちゃの材料の木が簡単に入手でき、値段も安く、重量も軽く、
さらに加工もしやすいことから、子供の玩具としては最適でありました。そのた
めに木材に恵まれた日本では古くから玩具の材料として用いられ、平城京祉
からは木の独楽が出土されてます。
古代から江戸時代まで、木のおもちゃは日本の玩具の主流でした。この伝統
的なおもちゃが姿を消したのは大正初期セルロイドやブリキといったハイカラな
色合いの玩具に押されてしまったからです。しかし、このハイカラな玩具も、太
平洋戦争の後はプラスチックに押され、だんだん姿を消しました。